小生、マウスとネコくんと友達になる。

怒濤の1ヶ月間が経過した。

家の周りの探索、ソーシャルセキュリティーナンバー、MITのID、生命保険、部屋の鍵、動物講習会、携帯電話、銀行口座の開設、etc…。初めの一ヶ月なんてそんなことばっかりで経過していく。ただ、MITはドイツと比較して、圧倒的にシステムが整っているのでそのあたりはずいぶん楽。ID#で一括管理してくれているので、たとえば予防接種を受けるときも、こっちの名前さえ言えば、他の必要情報は勝手にデータベースから引き出してきてくれる。(その結果、医者が「ごめん、今日ちょっと忙しくなっちゃった、リスケしてくれない?」という電話を携帯にかけてくるという不幸を招いたのだが…)ただ、システムが整っているとは言うものの、そこはアメリカ、家賃の支払いも小切手だし、わからないことだらけ。ドイツの時にも経験したことだが、一番初めのひと月は「分からないことを分かる」ことよりも「分からないということに慣れる」に意識を置いた方が、肩の力も抜けるし意外といろいろとうまくいく。



うちの前の桜もきれい。右の白い家がうち。


大家さんのネコくんもだいぶこころを許してくれるようになった。ひなたぼっこを激写!


かーーーわいいのでもう一枚!!!


MITの駅前の桜。


このあたりからMIT。


研究はというと、まずはマウスに慣れるところから。もちろん、メダカからマウス、日本からアメリカの両方に起因するが、regulationが厳しく、恐ろしく手間が多い。マウスの個体ごとに管理して、プロトコルを実験前に全て提出してからでないと操作を行うことはできないし、プロトコル提出後の実験の方針転換は全く認められていない。土日もスタッフがマウス管理に来ていて、手術したマウスの体調が悪かった場合は、携帯に連絡がくるし、カルテのようなカードも6~7種類用意されていて、飼育ケージに一つずつ付けられている。麻酔、痛み止め、安楽死方法などについても非常に厳しい。僕ら研究者が日本で「モデル動物」として捉えているところよりも「ヒトの病院患者」にだいぶ寄ったところに位置している。その方法のガイドラインがかかれた英語200ページのファイルが突然渡され、その中から50問出題されるOnlineクイズを90%以上でパスしなければマウス室に入るカードすら発効してもらえない。



テロの爪痕も回復してきつつある。


警官が銃殺された場所の献花。左奥の水色のガラス張りの建物がうちの研究所。


ラボのTea Roomのとなりが、5〜7階の吹き抜けテラス。ここはガチで思考活動がはかどる。


寝転んでソファで論文を読んでる時にとった一枚。


2階はこんな感じ。左に見えるのが卓球場。


2階からテラスを見たところ。


研究戦略の立て方もだいぶ異なっている。魚よりも一つの実験にかかる時間的なコストがはるかに大きいので、実験の無駄打ち(よく言うと、「試し実験」か?)が難しい。自分の意識のなかからトランスジェニック作りという部分をごそっと抜く必要があって、ショートスパンの計画を、全てウイルス中心のワークにシフトしなければならない。また、会話が重要。何がやられていて、何がやられていないか、何の道具があって、何の道具がないか、全てはディスカッションから始まる。コラボレーションも全ては会話から。先生もはじめの二週間はひたすら「ラボメンバーと話せ!」と言っていたし、非常に納得する。最後に、戦略の立て方。alternative planを用意するのはもちろんとして、Yes/Noで結果が明確に出る実験を前に配置しつつチャレンジングな実験とコンビネーション、そして何よりEnd pointの明確化。「ここまでやって、結果が回収出来なかった場合には、プロジェクトは引きずらずに引き上げる」という点をあらかじめ用意する。株の投資のようだ。

というわけで、なんとか初めてのプロジェクトも決まり、5月からは実験が本格的にスタート。おちこんだりもしたけれど、私はギリギリげんきです。




夜のPicower。


毎週月曜はアイスクリームスペースが作られる。


たいていフロアでは4時くらいから何かしらのイベントかセミナーがあって、食べ物には困らない。