小生、事件に巻き込まれる。

帰国した。日本に帰国し、ドイツに帰国した。もちろん自分の国という意味では日本だが、今や仕事の中心はドイツにあるわけで、こちらも帰国と言えば帰国である。蒸し暑く肌にべっとりとまとわりつかれるような日本の気候にも懐かしさを感じたし、さらっと18度で快適なドイツの気候もそれなりに懐かしさを感じるようになってきた。1ヶ月とはそういう時間である。

さて、ドイツ生活2ndピリオドの始まりである。いろいろとあって日本に帰ることにしたのだが、精神的に疲れていたことも確かにあった。1週間たらずだが、日本に戻った事はとてもいい回復になった。初めのワクワク感が戻ってきたのを感じるし、精神的な余裕はストレスを楽しさに変えてくれる。まぁ、疲れたら無理せず帰ろうというのが僕の結論である。日本人の悪いところは、「無理したやつ、すごい」的な思考になりがちなところだと思うのだが、僕は何より僕自身が生きることを楽しんでいて、僕自身も僕の周りにいる大切なヒトも幸せにできるような生き方が理想だと思っているので、無理するのは全くの間違いである。休むときは休むし、仕事へのワクワクが戻ってきてから最高のパフォーマンスで仕事をする。最も重要なのは、想像の範疇を超える発想がいかに思いつくか、仕事の効率がどれだけ高いかであって、別に仕事時間がどれだけ長いかやどれだけ無理しているかが重要なわけではない。その点、ヨーロッパはそういう意識への理解が高いところも面白い。例えば、僕が日本に1週間帰りたいと思っていて、初め「前のラボで、やりたいことがあるから」と堅く言っていたら僕のボスは少し嫌な顔をしていたが、そのあとで「ぶっちゃけ、家族とか友達とかに会いたいんだー」と言ったら満面の笑顔で、「そういうことかー!なら、すぐ帰っちゃえよ!」と。プライベートの大切さやオフの重要性をしっかりと理解してくれる。逆に、彼らもまたプライベートを大切にするので、そこまで仕事をしないわけだから、こちらの意識も変える必要があるのだが…。(ちなみにうちのテクニシャンは現在、「引っ越しするから」という理由で3週間のオフ中。)

実は日本に帰るのにも意外なポイントがある。航空券がそこまで高くないのである。成田→フランクフルト→成田だと正規に買うと25〜40万程度で、格安チケットでだいたい12〜15万くらいに落ちる。興味深いことに、これがフランクフルト→成田→フランクフルトだと、更に7〜10万程度まで落ちるのである。日本発の航空券は高い。なので、何回も往復する場合は、初めの航空券の帰り分は捨ててしまって、ヨーロッパ発で往復分を買い続けるのが圧倒的に安くなるのである。

さて、今日の午前はメダカとゼブラのブリーチングをした。ブリーチとは漂白剤のハイターを使って、卵の表面に付着しているもろもろの生物を殺す作業である。ヨーロッパ最大のストックセンターとして機能しているKITでは、持ち込む魚が病原菌やらを持ち込んでいると大変なことになるので(他のラボに病原菌を配ってしまうことになるので)、センターの中に魚を入れるには何段階ものステップを経る必要がある。まず、EU外から送られてくる魚については、政府や研究所が事前に発行したPermission Letterの無い生体サンプルは全て廃棄される。持ち込まれた卵についても、ブリーチをした上でFIsh houseの中のRoom1という部屋にしか持ち込む事はできず、その魚達が成体になった上で、それらから採卵した卵をFish house専門のテクニシャンが再度ブリーチして、やっとFish houseの他の部屋に持ち込むことができる。KITにはFish houseが3つあるが、安全のために全て独立に動いており、その間の移動ですらもこのステップを取る必要がある。ストックセンターの魅力として充実した飼育設備やラインが整っている一方で、このような面倒くささも付きまとっている。

さらにこの面倒くささに加えて、Fish houseには言語の問題がある。Fish houseのスタッフは全く英語が分からないのである。ドイツの中でもカールスルーエは田舎町であることも原因の一つであるが、街中だけではなく、研究所の食堂やFish houseの飼育員もドイツ語のみ。今日は通訳をラボの学部生のクリスティーナに頼んだのだが、これでもなかなか大変。さすがにちょっとドイツ語を学ぶ必要を感じた。飼育員の方々の言葉というのは、僕の経験的にはものすごく重要な意味を持っていて、そのことに気付いている研究者は意外と少ない。僕が行動学という学問をやっていることも理由の一つなのであろうが、全ての研究の種は「観察」にこそあって、僕らよりも動物に触れる時間が長い彼らの意見は極めて本質的な問題解決の種であることがありうると感じている。

とまぁ、ここまでの文章はバーでビールを飲みながら書いていたわけなのだが、そのあとで事件は起こった。今日は終バスを乗り過ごしてしまい別のルートで帰った上に、最寄り駅まで行けなかったので、途中の駅で降りて「2ndピリオドの始まりだ!」とばかりに目の前の新しいビアバーに入った。生演奏ありで、隣では誕生日会有りのなかなかいい雰囲気のバー。日記をダラダラと書きながら飲んでいたら、周りの人達がガンガン話しかけてくる。そのなかのカップルと「ドイツでの生ハム事情」について話し込んでいて、わからないドイツ語を電子辞書で翻訳とかをしていたのだが、あるとき突然ロシア人の陽気なやつが隣に座ってきた。よくわからない英語でウオッカはうまいだの、もっと強い酒を飲めだのいろいろ言ってきて変なヤツだなと思って、軽くスルーしていたのだが、ふっと数分後に気付くと目の前にあった僕の電子辞書が無い。気付いた時には、周りの人達もいろいろなものを取られいて、店も勘定を払わずに大きなビールグラスを取られたとのこと。ドイツの田舎街の小さなバーでの大規模盗難事件発生である。

そして、最も高額な電子辞書を取られた僕が、ドイツ語も全く話せないのに代表である。そこからは警察が来て、いろいろ調書を取られたりしていたのだが、まわりのドイツ人のヒト達が全力で助けてくれる。しばしば感じることではあるが、ドイツ人は日本人にとても優しい。「俺らのヤーパンが、せっかく来てくれたのに嫌な思いをしている!」とばかりに、店の人達みんなが協力してくれた。高額とはいえ、大した情報も入っていないし、大して使えもしなかった電子辞書だが、なんだかこういう優しさに触れられるという意味では全力の活躍をしたんじゃないかなと思えてきた(1ヶ月という短い命だったが…)。まぁパソコンだったらこんな悠長な事態ではないだろうが、次からはもう少し気をつけようと思った夜だった。

というわけで、数段落前に書いた、ドイツ語習得は開始2時間ほどで藻くずと消えた。