ヒトのフェロモン 〜女の子をメロメロにする男の匂い〜

それでは異性をメロメロにするフェロモンとは何なのか?


フェロモンとは、体の中で合成された後に、体外へと分泌され、同種の他個体へと情報を伝える物質のことである(一般的に揮発性の小分子であることが多い)。従って、性的なもの以外にも様々な場面で生き物は使っている。例えば、アリがトコトコと列になって餌場と巣を往復する光景を見た事があると思うが、これはそのルート上に道標フェロモンを残していっているからだ。また、スズメバチは攻撃の際に、初めから特攻で刺しにくるわけではない。空中でホバリングしながら、毒液をプシュっと噴射してかけてくる。この毒液の中には「警報フェロモン」という物質が含まれていて、「こいつが敵だ!」という情報を周りのハチへと伝達している。その情報を受け取った巣内のスズメバチ軍団は、一斉に「敵」へと襲いかかるという仕掛けだ。「スズメバチを見てもつぶしてはいけない」と言われる所以もこの警報フェロモンが原因である。この警報フェロモンの成分はComponents of giant hornet alarm pheromone. (Ono et al. Nature 424:637, 2003)という論文で明らかにされているので、大嫌いなあいつにプシュッと吹きかけるも良し。ちなみに、本論文の著者である小野先生いわく、特定の三種類の整髪料とアイスクリームを組み合わせると、この警報フェロモンは結構簡単に作る事ができるらしい。


加えて、嫌がらせの究極技は、集合フェロモンの技だ。ゴキブリの糞の中には「集まれ〜!」という信号が含まれた物質が含まれており、ゴキブリホイホイはこの集合フェロモンを内部に塗布してあるグッズだ。このゴキブリの糞を大量に集めた後に、エタノール抽出を行うと自作の強力なゴキブリホイホイ溶液を作ることができる。筆者自身も抽出し、東大構内の三四郎池で効果を試してみたが、本当に若干引くレベルで集まってくる。オオスズメバチの警報フェロモンと、チャバネゴキブリの集合フェロモンを混ぜた「魔の香水」が君の必殺の武器になるはずだ。(ゴキブリの糞溶液を相手にかける時点で、もうだいぶ嫌がらせなのだが…)ちなみに写真はネットに掲載されていた、自作のスズメバチホイホイ。


生物の話を書くとつい熱くなって脱線をしてしまう。今日はヒトの性に関わるフェロモンの話だ。さて、ここまで書いておいて、出鼻をくじくようで申し訳ないが、ヒトではフェロモンについては、まだあまり明らかになってはいない。正確に言うならば、フェロモンは存在するだろうと考えられてはいるが、その作用機序がいまいち不明なのだ。


ヒトのフェロモンが示唆されたのは、MacClintockによる「女子寮効果(寄宿舎効果とも言う)」によってである。"Menstrual synchrony and suppression" (McClintock et al. Nature 229 (5282): 244, 1971)と題された論文の中で、寮生活していると女子学生の月経周期が同調していくことを報告している。女子寮でなくてもよくて、女子校出身の方なら、なんとなく経験があるのではなかろうか。さらに続く1998年に、彼女は "Regulation of ovulation by human pheromones" (Stern et al. Nature 392 (6672): 177, 1998)という論文の中で、その理由を解明している。女性のワキからの分泌物を別の女性にかがせると月経周期に影響を及ぼす事を示したのである。さらに、「卵胞期の分泌物は他の女性の排卵を促進し月経周期が短縮する、一方、排卵期の分泌物は他の女性の排卵の遅延をおこし月経周期の延長をもたらすこと」を示し、その結果、女子寮の中にいる女生徒たちの生理のタイミングがそろうというメカニズムを明らかにした。


次に、ヒトフェロモンの候補と考えられているのが、男性ホルモンのアンドロゲンに似た構造を持つANDである。哺乳類のフェロモンとしてオス豚から摂取され、この成分をメス豚に嗅がせると交尾を望む姿勢をとる事から、豚の性フェロモンとして同定された。ヒトでも男性の汗中に含まれている。甘い、不快な臭いが特徴で、男性は60%、女性は40%がこのにおいを認識できない。しかしながら、興味深いことに、この物質を散布したイスに、何も知らないヒトが座るかどうかを試したところ、女性はそのイスに好んで座り、男性は避ける傾向が見出されたのだ。


余談だが、この男フェロモンことANDを、女性が好むだけではなく、ゲイの男性も好むというのだから面白い。WysockiのグループはPreference for human body odors is influenced by gender and sexual orientation(Martins et al. Psychological Science, 16: 694, 2005)という論文の中で、体臭の好みは性的嗜好によって影響を受けることを示している。また、Lindstrmのグループは、Brain response to putative pheromones in homosexual men(Savic et al. PNAS 102:7356, 2005)という論文の中で、fMRIを用いて、AND曝露時の脳内の興奮パターンを明らかしている。その結果、ANDに対する脳の興奮パターンは「女性とゲイの男性が似ていて、それは男性の興奮パターンとは異なること」を示している。(HeW=ヘテロセクシャルな女性、HoM=ホモセクシャルな男性、HeM=ヘテロセクシャルな男性。赤いところが興奮しているところ。)


そもそも性的嗜好性はどうやって決まっているのか?

男脳と女脳の違いは?

それはまた別のおはなし。