恋と匂い 〜恋の相手と結婚相手の矛盾〜

それではヒトは何を価値基準に異性を選んでいるのか?


数年前まで私は高校生の前で話をする機会が多く、その授業のなかで毎年「彼氏彼女、あるいは、好きな異性がいるヒト?」と炙り出した上で、その相手のどこが好きなのかを聞くという活動を行っていた。高校生なので照れながらも、大抵、性格やら顔やらと言った答えが返ってくるものだが(照れながら「年収…」とか言われても困るが…)、毎年こう言い切って、彼らをドン引かせている。「あなたは実は○○くんの顔も性格もどーでもよくて、単に彼の匂いが好きなだけなのかもしれません。」


女性は男性の匂いに対して反応し、更に体臭には免疫応答で用いられるHLA(ヒト主要組織適合抗原)が関与していることが報告されている。Paternally inherited HLA alleles are associated with women’s choice of male odor.(Jacob et al. Nature Genetics 30: 175-179, 2002)という論文の中では、女性は父親とHLA遺伝子の一致率が高い男性の匂いを好むことが報告されている。実験は13〜56歳までの未婚女性49名(平均年齢25歳)を対象に行われた。まず人種の異なる6人の男性(23〜47歳)のそれぞれが二晩同じTシャツを着続け、たっぷり匂いをつけて貰った後に、女性達より個々に匂いの品評をしてもらったのである(写真はこの実験に対するジョークで、実際は匂いを抽出して行っている)。


その結果、被検者女性がもっとも好き(most preferred)と答えた匂いの男性は、好きではなかった(least preferred)匂いの男性と比較すると、被検者の父親のHLA遺伝型との一致率が有意に高いということが見出されたのである。また、その一致率が高いほど、「好き」の度合いも高くなるという関係性も発見された。(興味深いことに、母親由来のHLA遺伝子はここに関与していない)


女性は父親と似た男性を求めるというが、意外にもそれは「匂い」という面から証明されたのである。


ただ、この論文では、心地よさ(pleasantness, liking)を判断指標としており、その気にさせる(wanting)を指標としたものではない。”Wanting” に関しては、逆にBody odour preferences in men and women: do they aim for specific MHC combinations or simply heterozygosity?(Wedekind et al. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 264: 1471-1479, 1997)という論文のなかで、むしろ遺伝子がかけ離れているほど好感度が上がるというデータが示されている。これは免疫分子になるべく多様性を持たせて免疫力を上げる方向に圧力をかけているという学説と、同じ遺伝子型を嫌がることによって近親相姦を防ぐためという学説が議論されている。女性の場合、思春期に父親のことを急速に嫌いになるという現象があるが、このHLA一致によるためではないかという学説を唱えている生物学者もいる。


それにしても、「一緒にいて心地よい男性=父親似の男性」、「一緒にいてドキドキする男性=父親に似ていない男性」という矛盾はなんと罪深い構図なのだろう。「恋の相手の男性と、結婚相手の男性は異なる」的なタイトルがしばしばananなどの女性誌に掲載されているが、実は言い得て妙なのかもしれない。


さて、それでは匂い分子はどのようにして相手の鼻へと届くであろうか?

フェロモンとの関連性やいかに?

それはまた別のおはなし。